なぜ小論文が重視されるのか?
まずは小論文の位置付けについて考えてみよう。
小論文は大学入試の科目としてかなり以前からあるが、高校において独立した科目ではない。そのため大半の高校では、国語(表現)の時間におまけ程度やるか、総合学習の時間で年に何度か実施する程度だ。
その一方で、小論文の重要性は年々増してきている。
理由として次の4つが挙げられる。
・大学数の増加
・少子化
・入試の多様化(総合型・学校推薦型選抜)
・将来における文章力の必要性
1991年、地方分権の推進と高まる進学率を背景に、旧文部省が大学設置のための規制を緩和したことで、私立大学を中心に大学数が増加した。1985年に460校だったのが、2018年には782校と、30年で300以上大学が増えた。
一方、少子化の影響で大学入学者の数は頭打ちだ。2009年ごろから「大学全入時代」という言葉を聞くようになったが、進学希望者が大学に入りたいと思えば(大学を選ばなければ)入れる時代になった。
そこで起こったのが、学生の奪い合いである。学生が来るのを待っているだけでは、魅力のない大学は定員割れしてしまい、経営が悪化する。事実、統廃合する大学・短大は年々増えている。そうかといってどんな学生でもよいからと入れてしまうと、大学の魅力がさらに薄れ、志願者が減ってしまう。
そこで、優秀な学生をいち早く獲得する手段として脚光を浴びるようになったのがAO入試(推薦入試の拡大を含む)である。
AO入試はアドミッション・オフォス入試の略で、各大学が求める学生像に照らし合わせて合否を決める入試のことだ。大学が「~の資格を持つ、このような学生を求めます」と募集し、その基準を満たした生徒が手を挙げる。1990年代にAO入試(や自己推薦入試)が始まったころは、スポーツ、文化芸能、その他課外活動などで特に秀でた実績のある人のための入試だったが、規模が拡大するにつれて、アドミション・ポリシー(学生の受け入れ方針)も「本学の教育理念に共感し、学ぶための努力を怠らない者」などと緩くなり、要は貴学に入りたいという意志さえあれば受験できるような入試となった。
しかし先ほども触れたが、誰でもよいというわけではない。
考えてみよう。
大学側からすると、どのような学生に来てほしいか?
・学ぼうという意欲があり、真面目に勉強する
・一定の学力・教養・見識・常識がある
・コミュニケーション能力があり、将来社会で活躍してくれそう
ごくごく当たり前の答えだ。広告塔となるような一部学生を除けば、大学としてはしっかり学んで、周囲の人たちと充実した学生生活を送り、将来それなりの企業や団体、公務員等に就職できる学生に来てほしい。もちろん大学のレベルや方針によって求める水準は違えど、特別高望みをしているわけではなく、大学生としてごく当然のことができる学生を望んでいる。
そのような人物かどうかを見極めるための手段として面接とともにあるのが小論文だ。
なぜ小論文か?
きちんとした文章が書けるか。問われていることに正しく答えられているか。どのような考えを持っているか。たんに暗記が得意というだけでなく、自分で考え、問題を解決する力があるか。
万能ではないにせよ、このようなことの一端を、文章を読み、判断することができるからだ。
文章力の有無が今後の人生を分ける
なぜ小論文、すなわち文章力が必要かというと、今後の人生にも関わってくるからだ。
大学の成績は、大半がテストかレポートで決まる。テストは高校までで主流の穴埋めや選択問題はなく、論述式がほとんどだ。レポートや発表も文章でまとめる。論文にいたっては文章力がないとまともには書けない。大学入試までは、暗記など大半がインプット中心の問題だったが、大学では持っている知識を論理立てて表現しなくてはならない。
その後の就職活動においても文章力が結果を大きく左右する。就職活動も基本的に大学入試のAO・推薦入試(総合型・学校推薦型選抜)と同じだ。エントリーシートと呼ばれる志望動機や自己PRなどを書いた応募書類と、面接が中心である。
一般入試で入った学生の中には文章が苦手という人も多い。そのような人は名の知れた大学にいても、就職活動で苦戦する傾向にある。実際のところ、彼らは苦手というよりは、たんに書く練習をしてこなかっただけの人が多い。書く練習をしなければ文章は上手にはならないし、自信も湧いてこない。
AO入試や推薦入試が増えた理由はここにもある。これら入試の対策をしてきた学生は、志望理由書や自己PR、小論文、面接などひと通り経験しているため、就職活動も抵抗なく始められる。就職実績を上げてほしい大学としては、当然就職活動に強い学生に来てほしい。これら入試は、そのような文章力やコミュニケーション能力の高い、将来社会で活躍してくれそうな学生を獲得する貴重な機会だ。学生としても、大学受験で文章の書き方を学び、面接の練習などをしておくことは今後の人生において大きなアドバンテージとなる。
入試制度改革による変更点
2020年(2021年度)から大学入試制度が変わり、AO入試は総合型選抜、推薦入試は学校推薦型選抜と名称が改まった。
二つの入試において変更点はいくつかあるが、まずは実施時期だ。
次のように変わった。
[出願] 従来 変更後
総合型 8月以降 → 9月以降
学校推薦型 11月以降 → 現行通り
[合格発表]
総合型 規制なし → 11月以降
学校推薦型 規制なし → 12月以降
このように、総合型選抜(旧AO入試)が後ろ倒しされた。
AO入試は、早ければ高校3年の9月に合格が決まったので、その後大学に入るまで勉強しない高校生が多かった。翌年の2月や3月まで死に物狂いで勉強した一般入試の入学者と学力に差がつくのは当然で、以前より問題視されていた。大学の中には、AO入試合格者に多くの課題を課すところもあったが、それもいわば苦肉の策であった。一般的にAO・推薦入試で入った学生は、文章力・コミュニケーション能力で一日の長があるものの、学力面で劣る学生が多いのがデメリット、負の部分であった。
この実施時期の変更によって、総合型選抜入学者でも合格が決まるのは最速で11月になった。もし総合型選抜に落ちた場合は、すぐに学校推薦型選抜、大学入学共通テスト(旧センター試験)が続くので、合格が決まるまでは一般選抜の勉強も並行して行わなければならない。これまでAO・推薦入試を中心に考えていた受験生に多かった、まずはAO・推薦に全力で取り組み、落ちたらそこから一般入試の勉強を本格的に始めるという方法は、今後取りづらくなる。
小論文を課す大学はさらに増える
次の変更点として、総合型・学校推薦型とも知識・技能を問う試験が必須となった。これまではスポーツ等の実績がある人や指定校推薦など、書類と形式的な面接のみで合否を決めることもできたが、今後は小論文、プレゼンテーション、口頭試問、実技、科目試験、資格・検定試験、大学入学共通テストの活用など、何らかの試験が必要になる。従来試験がなかった入試方式では、将来における必要性や認知度、実施のしやすさから小論文が最も多くなるだろう。
AO入試と推薦入試による四年制大学入学者は、2019年度で全体の46.7%に上る。私立大学に限ると54.2%と半数を優に超えている。それだけの受験生がこの二つの入試で入学している。
この傾向は今後さらに強くなる。AO入試は入学者の学力に対する懸念から、合格者を抑制する傾向にあった。これが試験を必須にすることで改善されるため、総合型選抜において募集人員の規制は設けられなかった。つまり、総合型選抜の募集人員を大幅に増やすことも可能になったのだ。
この二つの入試での入学者が少ない国立大学でも、総合型選抜・学校推薦型選抜による入学者を合計で30%まで増やす目標を立てている。2019年度でまだ16.3%ではあるが、東京大学・京都大学でも推薦入試が導入されたように、今後も増加傾向が続くのは間違いない。小論文が必要となる受験生は今後も増え続けていく。